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第1話・勇者の嫁を強いられまして 4

Author: 阿良春季
last update Last Updated: 2025-06-01 06:42:14

 そして早朝である。自室を出てトランクを引き摺りながら玄関へ向かおうとしたミオの正面にメイド長のスーマがいた。

「おはようございます、ミオお嬢様」

「おはよう、スーマ」

 体格の良いスーマはミオからトランクを預かるとひょいと片手で持ち上げた。

「……ありがとう」

「いいえ、このくらいさせてくださいな。全く急なお話で……お嬢様がいないと寂しくなります」

 この家の中で彼女、スーマだけはミオに優しくしてくれた。その為ミオも実の親以上にスーマに懐いていた。

「そう言ってくれるのはスーマだけよ」

 苦笑いしながらそう答えるとスーマはトランクを運びながら気の毒そうな表情を向ける。

「きっと良い事がありますから。ミオ様は心優しい方ですもの。きっと神様は見てくださいますよ」

「そうかな……? そうだといいな」

 スーマの素朴な優しさに満ちた言葉につい涙が出そうになり、ミオは慌てて作り笑いを浮かべた。昨夜の涙とは違う嬉し涙が出そうになったのである。

「そうですとも」

 スーマに優しい言葉をかけてもらいながら玄関へと到着する。緋色の絨毯が一面に敷かれた玄関の正面にはエヴェーレン家の紋章であるペガサスの彫像の飾られていた。

 この玄関とも今日でお別れだ。

「早いのね」

 この家から離れられてせいせいする気持ちと、先行き不安な気持ちで内心揺れ動いていると、玄関に母が現れた。

「おはようございますお母様」

「ミオ、ちょっとこっちに来なさい」

 母に手招きされてミオは素直に母に近寄る。

「何ですかお母様?」

「そんな眼鏡みっともないでしょう? 仮にもエヴェーレン家の長女なのだからみっともない格好で恥を晒さないで」

 ポウッと柔らかな白い光に包まれると眼鏡越しの視界が突然歪んでしまう。

 まさかと思い恐る恐る眼鏡を外すと、今まで以上に鮮明に世の中が見えた。

 母の治癒魔法なんて、初めてかけてもらえた気がする。

「そんな眼鏡もう捨ててしまいなさい。くだらない勉強なんかしてる女は男に嫌われてしまうのよ」

「……はい」

 母は母なりにミオの将来を案じてくれているのだ。

 どんな時も女は男を立てて、黙って三歩後ろを歩く。男の機嫌をいつでも上向きにさせなければならず、女の喜びは男の金で着飾って美しくあること。良き妻であり母になること。

 しかしどうしてもミオにはその生き方を羨ましいとは思えなかった。いや羨ましいかどうかは関係ない。貴族の娘として生まれたのだからその在り方が正しいとは知っている。

 だがそれでも、ミオには納得が出来なかったのである。

「向こうでも頑張ってね」

 そう言って実の娘と離れ離れになるにしては随分と淡白な態度でぷいと背中を向けて母はすぐにいなくなってしまった。

 本当に悪いだけの人たちではないと思う。しかしそれを確かめる勇気はミオにはなかった。

「さようならお母様」

 ドアの向こうに消えた母の背中にミオはそう別れを告げる。

 父も妹も見送りには来ない。

 見慣れた玄関を開けると雲一つない青い空が広がっていた。

 エヴェーレン家で見る最後の青空である。

 その空はどこまでも行けそうなくらい清々しくて広くて少し寂しい色をしていた。

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